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日々思ったことつらつら草子

その時々で思ったこと、感じたことを書いています。ライティングスキルをあげたいと思い始めました。まだ開設したばかりですがよかったら覗いてみてください。

インド旅行記〜5日目〜

目が覚めるとひとみんさんはどこかへ行ってしまっていた。時計を見ると10:05。(あぁー、結構寝ちゃったなぁ)と思いながらもベッドの上でゴロゴロしているとリュウサイさんがノックをして入ってきた。どうやら11時チェックアウトでいいと聞いていたが急なお客さんで一部屋開けてほしいということになり、りほこさんとおはるちゃんがこっちに移ってくるということだった。今日は砂漠に行くということでジョードプルで買った民族衣装を着た。下のズボンは元々セットで付いてたやつでちゃんと確かめずに買ったが、広げてみるとめちゃくちゃダボダボでそのままではとても着れそうにない。パッチンピンで留めてみるがあんまり効き目はなさそう。さわちゃんが砂漠行った時のためにとレギンスを貸してくれた。ひとみんさんも「もしよかったらベルト貸すよー」と言ってくれた。(結局後で借りることになる)荷物を全部メンズの部屋に集めてそれからゼッキー、ひとみんさん、うちの3人で出かけた。ゼッキーは下に履く用のズボンとマグネットを買いに行くらしくひとみんさんも民族衣装を探しに行こうとしていたので2人についていくことにした。

民族衣装を着てテンションはものすごく上がったが、なんせズボンがずり落ちてくるためにずっと上に引っ張りながら歩き続けなければならず大変だった。

お城に着き服屋に入る。ゼッキーはズボンの履き心地に感動して「もっと早く買っときゃよかったわぁ」なんて言ってた。ひとみんさんもいい感じの服を見つけたみたいで、2人ともうまく交渉して納得のいく値段で買うことができた。その後ゼッキーは目当てのマグネットも買えたようでみんなで昨日は行かなかった道に行ってみることにした。通りすがる子どもたちや人々は明るく声をかけてくれる。歩いてる途中で面白いものを見つけた。シーシェの小さい置物みたいなやつが置いてあり、水の出続ける井戸やトリック仕掛けの箱などが売られていた。

お城を出た後ホテルに向かって歩いてる途中でお昼を食べに出かけてきた他のメンバー達とばったり会い、そのまま合流した。その時はあまり食欲がなく、khichari?というインド風おかゆを頼んだ。意外とペロリといけてしまった。食べた後はホテルに戻り、りほこさんの誕生日祝いの寄せ書きをこっそり何人かで屋上まで書きに行ったり、おしゃべりしながら3時くらいまでのんびり過ごした。おはるちゃんが色紙の絵を描いてくれたのだが、おはるちゃんは仏像が好きらしくなかなかいい味の絵を描いていた。結局さわちゃんにレギンスを借りて、ひとみんさんにもベルトをお借りした。ベルトをするとやっぱり落ちてこないので気にせず歩けるようになった。

3時になったのでみんなでホテルTitanicへ向かう。Titanicのオーナーはポール・ディカプリオ。みんなからポールと呼ばれていて、ジャイサルメールでは彼を知らない人はいないらしい。今はそうでもないが一時期すごくホテルが繁盛していた時期があったらしく、リュウサイさん曰く「一時代を築いた人」。韓国人観光客が多かったらしく韓国語はペラペラなのだそうだ。見た目はいつもニコニコして陽気なおっちゃんだが、きっとすごく頭がよくて相当な切れ者なんだろう。ポールが飼っているわんちゃん「ジェリー」は本当に彼のことが大好きらしくポールを見つけると嬉しそうにしっぽを振ってついて回っていて可愛かった。

ポールの運転する車に乗り込みみんなでキャメルサファリの出発地へ向けて出発。途中で廃墟へ立ち寄った。そこは200年程前に一夜で滅んだ村。どういうことかというと、マハラジャ(王様)がある村娘を嫁にもらいたくて父親に娘をくれと言ったらしい。父親はどうしても娘を嫁にやりたくなくて、村人全員で一致団結して王様一人を残して夜の間に村を出て行ったのだという。そうして誰も住まなくなり廃墟になってしまったらしい。村人全員で出て行くなんて王様どんだけ嫌われとんねん!笑 王様相当スケベだったんちゃう笑 とか言いながらみんなで笑った。

廃墟を出た後はいよいよキャメルサファリ!移動中の車の中は本当に暑くて。外の気温も大概だけど、何よりも狭い空間に何人もくっついて座ってるもんだから全身、特に下半身の汗ばみがやばかった。砂埃もやばくて服の下は汗かいてるけど顔とか手は乾燥といった感じ。

到着すると、ラクダが座って待っていた。ラクダの背にはよく写真とかで見るような荷が積んであってキャラバンを思わせるようなものがありすごくテンションが上がった。リュウサイさんがショールがある人は砂漠の頭の巻き方をしてくれるというので是非!とお願いしてやってもらった。自分ではどうなっているのか分からなかったが、みくさんのを見て(へぇー!こんなんなってるのか!かっこいいじゃん?)とますます気分も高まった。ラクダ使いがラクダに乗せてくれたのだが、ラクダはかなり背が高いために初めて背中にまたがって立ち上がった時はびっくりした。まず後ろ足で立ち次に前足で立つために体が前に後ろにと結構激しく揺れるのだ。ラクダに乗った後はいよいよ砂丘へ向けて出発!大体一人のラクダ使いが二頭のラクダを引いていってくれる。最初は結構揺れるので(おぉ、おぉおぉぉ)となっていたが、しばらくすると慣れ周りの景色やみんなとのおしゃべりを楽しめるようになった。リュウサイさんが「自分の影を見てごらん」というので目をやるとまさにキャラバン!という感じで雰囲気がありなかなかよかった。大体30分くらい歩いただろうか?景色がだんだん変わってきて、砂丘らしくなってきた。ラクダの足も砂に取られるらしく砂の坂を下るときなど結構揺れた。そしてついに!砂の丘広がる文字通り砂丘に到着した。ラクダから降りるときはのけ反った格好になり、ラクダが後ろ足からたたんで前足をたたんでそれから降りる。降りてみんなの方へ行こうとしたら「これ、持ってきな!」と布を渡された。どうやらこれを敷いて今日は寝るらしい。砂漠でサンダルを履いていても砂が入ってきて履いてる意味もあんまりないので脱いだ。砂丘の砂は粒子がすごく細く、やわらかくて素足で踏むとすごく心地よかった。太陽の熱で温められてちょっと熱かったけど。夕日が落ちる前にみんなで一人ずつ写真撮影。思い思いのポーズをとる。メンバーはみんな、なかなかに個性豊かでおはるちゃんは逆立ちしたり丸まってボールのようになったり、ゼッキーはバク転しようとするも超微妙な感じで終わったり。笑 みんなの写真撮影だけでかなり笑った。うちは写真撮影と聞いた瞬間からもうどんなポーズをとるか決めていた。夕日の砂丘、ペルシャとかアラビアっぽい感じのこの衣装。もうアラビアンなポーズをとるしかない。憧れの砂丘で、民族衣装で写真を撮ってもらえるなんてこれほど嬉しいことはない。夢がまた一つ叶った。りほこさんにショールをお借りしてポーズをとっていく。みんな「うわぁ、やっぱりきれいだねぇ」などとほめてくれた。みんなの個人の写真撮影が終わると次はみんなで夕日をバックにジャンプしてパシャリ。リュウサイさんがとてもきれいに撮ってくれた。その後リュウサイさんやメンズ達は夕日を見てくると言って砂丘の奥の方へ行ってしまったので、残った女子達でムービーを撮った。みんなで手をつないで夕日に向かって走って、せーのでジャンプ!ポールに撮ってもらった。かなりグダグダになってしまったけどめちゃくちゃ楽しかった。それから走って砂の坂を駆け上がった。駆け上がれるのかわからなかったが、砂に足を取られながらも以外と登れる感じ。一気に駆け上がったので登った後はすっかり息が上がってしまっていた。リュウサイさんのいるところまで行き、今度は砂の坂を下る。滑り台のようには行かず手でかいてお尻を進めてやらねばならない。そんなことをしている間にラクダ使いの人たちがチャーイを作ってくれていたので、元いた場所まで戻り淹れたてホカホカのあっついチャーイをいただいた。普段飲むチャーイとは少し違う味だったがこれはこれで美味しかった。チャーイを飲んでみんなで談笑している間に空が暗くなってきて星が少し出てきた。そのままみんなで寝っころがり空を見上げながら話した。リュウサイさんが自分は宇宙人も円盤も見たことがある、と言い始めた。「えぇぇーーー!?」もう前からいたメンバーはその話を聞いたことがあるらしく、新人のりほこさん、みくさん、うちの3人でリュウサイさんの話に耳を傾けた。リュウサイさんが中学2年生の時、新聞配達のバイトをしていたそうだ。ある朝、リュウサイさんはいつものように朝4時くらいに家を出て新聞を配達していたらしい。そうしたら、友人の山田くんの家の前に大きな円盤が停まっていて、近くのマンションからキラキラ服の輝いた右手が懐中電灯になっている人たちに後ろから見られていたという。人間本当に怖い時には身体が動かなくなるらしく、その時のリュウサイさんもまったく動かさなかったそうだ。その時、一台の車が走ってきて、円盤とぶつかりそうになったそうだ。(あ、ぶつかる!)そう思った瞬間に円盤も車もその変わった人たちもみんな一斉に消えたそうな。気づいたときにはリュウサイさんは倒れていたらしい。当時のリュウサイさんは怖くて怖くて仕方なかったけれど新聞が残っていたので頑張って配ったそうだ。それ以来山田くんが怖くて一言も喋っていないらしい。他にも自転車で走っていたら自分と並んで円盤が走っていてそっちに気を取られていたらおばあちゃんとぶつかってしまったらしい。おばあちゃんに「ちゃんと前見て走れ!」と怒られ、「円盤が…」と説明しようもするも「アホー!」と全然信じてもらえずただどやされてしまったという。普通の人から聞いたら「えー、それほんとなの?」と疑ってしまうような話だが、リュウサイさんから聞くとほんとの話に聞こえる。リュウサイさんの口調も冗談を言っているようには聞こえなかった。もしこの話が本当だとしたら、空飛ぶ円盤や宇宙人は本当に存在することになる。もしお目にかかれるなら一度この目で見てみたい。一度水を飲みに布の敷いてあるところまで戻り、喉を潤してからみんなのところに戻った。もうかなり暗くなってしまっていたので砂の上に何があるかとか確かめずに砂の上にごろ寝した。みんなで寝っころがりながら色んな話をしている間にも星はどんどん出てきて、りほこさんは何回も流れ星を見たと言っていた。うちも見たかったが、残念ながら一つも見れなかった。うちはこれまで何度か満点の星空を眺めたい眺めたいと思いながらも今まで見れず仕舞いだった。テカポに行ったときも、ワナカの星空ツアーに行ったときも結局あんまり見えなかった。今回やっと!初めて見えたわけだけど、本当にすごい。一言で言えばプラネタリウムで見られる星空がそのまま見えちゃった感じ。地球がまぁるいのが分かるし、星がありすぎて星座が分からないくらい。

 

今回の旅は本当に色んな夢が叶った旅で、今までの中で1番濃ゆい旅かもしれない。まず1番デカイのがインドに行くこと。これは高校の頃からの夢でなつと一緒に叶えようと言っていた夢だ。あの頃はタージマハルにさえ行ければいいと思っていた。インドのことなんてほぼ何にも知らなくて。ただ「一緒にタージマハル観に行こう」なんて言っていた。大学に入ってから親の前でインドに行きたいと言うと「あんなところ危ないからあんた絶対行かないほうがいいよ」と言われた。(インドが危なくなくなるまで待たなきゃいけない?いつ?インドに行ける日は来るのかな?)なんて思ってた。でも留学中偶然『インドいかへん?bot』にフォローされバックパッカーの人が引率してインドを旅する企画があることを知った。(次またこんな企画があれば参加したい!)そう思っていて、実際今この第33回目の企画に参加している。「求めよ、さらば与えられん」というこの言葉、使い方があってるかどうかは知らないが真理だと思う。叶えたい夢があって、その夢への想いが強ければ強いほどある時ふっとその夢を叶える機会が訪れる、そんなものなのかもしれない。思えばうちは高校の頃から、大学でも友達や親に「インドに行きたい」と言っていた。夢は人に言ったほうが自分の中での想いも強くなってより叶いやすくなるのかもしれない。これからも色んな夢を持ち続けて一つ一つ叶えていきたいな。二つ目はバックパッカーとして旅をすること。スーツケースでなくバックパック一つを背負って旅をする、なんだかいかにも旅人という感じにたまらなく憧れていた。旅に必要な最低限のものだけを持って身軽に旅をする。実際にやってみて思ったのは、もっと荷物を減らせばよかった、ということだ。服ももっと少なくてよかったし、洗濯ばさみもあんなにいらなかった。旅する場所にもよるが、インドを旅するのにちゃんとした服なんてほぼほぼ必要ない。動きやすくて汚れても構わないようなパンツとTシャツ、1着の民族衣装があれば問題ない。アリババみたいなズボンがインドの服屋で安く買えるから日本から持ってこなくてもいい。買っていきたいお土産がいくつかあるからなんとか頑張ってスペースを作りたいところ。最悪手持ちでもいいんだけど。三つ目に叶えれた夢はキャラバンみたいな体験が出来て、こうして砂漠に来ることができたこと。みんなで列になって、ラクダにまたがって移動して。うちがずっとずっと前から憧れてた体験ができてしまったのだ。砂漠によくある砂の坂を見れたし。登ったし。下ったし。民族衣装着てアラビアンなポーズして写真撮ってもらって。バレエのくるみ割りに出てくるアラビアの踊り、あの世界に少し浸れた気分。四つ目をあげるならさっきも言ったけどこうして満点の星空を見れたことかな。ジェニーシリーズのスカーレット編でもあったけど、砂漠で見る満点の星。うちはみんなで見たからただきれいだなぁと思ったけど、一人で見てたらたしかに寂しい気持ちになったり怖くもなったかもしれない。この世界で自分は一人ぼっちなんじゃないかって、思ってしまう気がする。とにかく何が言いたいかと言うと、今回の旅は(まだ途中だが)大大大満足だということ。7万余分にはたいて来てよかった…!

 

星を眺めていたら、ゼッキーが呼びに来た。リュウサイさんがすごくいい写真を撮ってくれるらしい。シャッターを押して1分間経つとカメラが光を吸収して星空と自分を一緒に撮れるらしい。うちは1分間ほとんど動かなかったらしくすごくいい写真が撮れたと言ってくれた。ちゃんと一人残らず全員分の写真を撮ってくれたリュウサイさん、ほんとにいい人だなぁ。

写真を撮り終わりいよいよディナータイム!メニューはチキンの丸焼きに焼きジャガイモ。どちらもとっても美味しかった。どっちもただ焼いただけのものだが塩とよく合う。「あちっちちち」と言いながら手でつかんでみんなで美味しく食べた。みんなで焚き火を囲んで食べるこの食事はなんだかすごく原始的で、まるで人間という「動物」に戻った気分になった。ご飯を食べ終わり、みんなでジャンプした小高い丘に移動。ポールが芸を披露してくれるらしい。今回ホテルTitanicが改装中で泊まれなかったからあまり見れなかったが、ポールは引き出しがとても多いらしい。みんなで半円状に並んでコップを回しリュウサイさんのおごりでなんとかというお酒をコーラ割りで乾杯した。ウイスキーなのかな?ちょっとしか注いでいないのに一口飲んだだけで喉が熱かった。(あ、こりゃかなり強いな)と思いながらもベースはコーラだから普通に美味しかった。

ポールが太鼓を持って現れた。リュウサイさんがポールソング!とリクエストを出し、ポールが歌い始めた。ノリのいい曲。太鼓もうまいし歌もなかなかだ。自分の知らない曲のつもりで聴いていたら「みんな知ってる曲だよ」とリュウサイさん。(えぇ?そうなの?有名な洋楽かな)注意深く聴いてみるが分からない。みんな見当もつかずにいると、ポールがテンポを落としてゆっくり歌ってくれた。「ポールのホテルはTitanic」だよというリュウサイさんのヒントとともにやっと何の曲だか分かった。そう、Titanicのローズだ。あんなしんみりしっとりな曲が弾き方でこんなに明るい陽気な曲になっちゃうなんて。ポールアレンジのローズもなかなかだ。しばらくポールの演奏を聴いていたら、ごはんちゃんが「踊りたい」と言い出した。うちも思わず「踊りたい」と言う。さわちゃんが「2人で踊ってよ」と言ってくれた。うちは様子を伺ってしまっていたが、ごはんちゃんはかなりうずうずしていたらしく立ち上がって踊り始めた。ポールの太鼓と歌に合ったなかなかエキゾチックなダンスだった。ごはんちゃんが踊り終わって(あぁー、完全にごはんちゃんにもってかれた…)と思っていたら「踊っていいんやで」とリュウサイさんが助け舟を出してくれてうちも踊ることに決めた。その場で立って適当に踊った。踊り終わるとみんな拍手をしてくれて、2人で前で踊りなよと言われ流れで踊ることに。ポールが歌い始め踊りだす。元々がクラシック専門だから、ポールの歌うエキゾチックな歌に似合う踊りがなかなか思いつかず途中何度もネタ切れで困ったが適当に体を動かし踊りつないだ。そのうち砂丘で、月明かりを浴びて踊れることが嬉しくなってきてだんだん純粋に踊りを楽しめるようになってきた。リュウサイさんが「2人とも月明かり浴びてすごいきれいだよ」と言ってくれた。月明かりの下で、みんなが見ている中、インド人のポールが演奏する太鼓と歌に合わせて踊る。ユーリが踊り子に扮した時みたいに。今改めて思ってもすごくいい貴重な体験ができたんだなぁと思う。もう一生のうちでこんな経験、出来ないかもしれない。背中を押してくれたリュウサイさん、本当にありがとう。踊っている間にみんな疲れてきたみたいで次々と寝る体制に入っていた。夜の宴はお開きだ。みんなで布の敷いてある地点まで戻る。すーちゃんたちが連れションすると言うのでうちも加わることにした。ここは砂漠、勿論トイレなどない。どうするか、砂の上にするのだ。みんなで砂の上にしゃがみ込みジョボボボと出す。みんなのおしっこの音がおかしくて爆笑。砂漠でみんなで連れション、相当楽しかった。リュウサイさんはまだポールの歌に合わせて踊るというので、ごはんちゃん、おはるちゃん、うちの3人は引き続き夜の宴をもうしばらく楽しむことにした。みんなでポールの歌と太鼓に合わせて踊る。とっても気持ちよかった。それからポールの子守唄を聴きながらみんなで眠りについた。月明かりの下で風も心地よく気持ちよかった。砂丘で野宿なぞなかなかできることじゃあない。本当になにもかもが素晴らしい夜だった。

眠りに落ちてからしばらくしてふとすごく寒くて目が覚めた。(やばい、めちゃくちゃ寒い…りほこさんにもらった毛布取りに戻ろうかな…でもめんどくさい…)そんなことを考えながらブルブル震えていると、リュウサイさんが寝袋を持ってきてくれた。今思えば、寝る前にポールが「寝袋あるよ!」て言ってくれてた。あの時はいらないと思ったけど、やっぱり砂丘も砂漠と同じ。昼夜の寒暖差はかなり激しいことが分かった。昼間あれだけ熱かったのに、夜中には寝袋がいるほど冷え込む。砂漠(砂丘)の過酷さを身をもって体感した。寝袋をゲットしてからは比較的心地よく眠れた。

→6日目に続く

インド旅行記〜4日目〜

ふと目が覚めた。(あっ、もうジャイサルメール着いたんだ!)携帯を見てみるとまだ2:30。(え、まだ2:30?あぁーーまだ4時間近くあるーーーこりゃまだまだ先は長いな…)そんなことを思いながら目を閉じいつの間にかまた眠ってしまっていた。「着いたぞーー終点だよー!」リュウサイさんの声で目が覚めた。(えっもう着いたの?)結局一度目が覚めたきりその後は爆睡してしまったようだ。眠たい目をこすりながら電車を降りる。外に出るとひんやり涼しく朝もやの感じが清々しく一気に目が覚めた。さわちゃんに「初めての寝台列車どうだった?よく寝れた?」と聞かれ2時半の下りを話した。それからみんなで車に乗り込み(ゆーすけが酔いやすくないか訊いてくれたのここかな?)ホテルTitanicへと向かった。ホテルTitanicのオーナーは犬を飼っているらしく、今まで見てきたような貧相な野良犬とは違ってちゃんと躾られた生き生きとしたわんこがいた。ぜっきーによるとインドに来てからちゃんとした飼い犬を見たのはこれで2回目らしい。どんだけ飼い犬少ないんだよ!!犬やたらめったら見るけどほぼ野良かよ!笑 そのわんこは飼い主のことがほんとーに好きなようで飼い主を見れば尻尾を振って鎖に繋がれていたけどすごく飼い主の元に行きたそうだった。

リュウサイさんがオーナーと何か話していたがホテルを変えることになった。どうやらホテルTitanicは今改装中らしい。リュウサイさんにちょっと高くなるけどいいホテルか安いけどあんまりなホテルかどっちがいいか聞かれた。みんなちょっといいホテルを選んだ。

ホテルに着き部屋決め。ごはんちゃん以外エアコン付きを選ぶ。部屋決めじゃんけんでひとみんさんと一緒になる。先にシャワー浴びさせてもらい(インド初のシャワーだったがもちろんお湯は出ず。あ、これからお湯なし生活か…と思った。)出てくるとひとみんさん寝ちゃってた。インド旅行記を書いたりしながら過ごしひとみんさんも起きてシャワー浴びに行く。それから17時の出かける時間までお昼寝をするつもりだったが、結局ひとみんさんとずっと喋って過ごした。

17時になりジャイサルメール城に出かける。地球の歩き方で初めて見たときから楽しみだったジャイサルメールの街はクリーム色のレンガでできた家が連なっていて、まさに砂漠の中の街といった感じ。色んなお店を通り抜けお城に着いた。門の上にはたくさんのコウモリたち。まるでドラキュラ伯爵のお城のようだ。お城を見学するのかと思っていたけれど、リュウサイさんは他の場所には目もくれないで一つの場所に向かっていった。そこは街が一望できるところで大砲みたいなのが置いてあった。そこで一人ずつジャンプした写真を撮ってその後みんなで記念撮影。なかなかいい写真がとれた。

その後お店をちらちらと見ながら夕日がきれいに見えるポイントへ向かう。そこでみんなでいすに座ってのんびりときれいな夕日を眺めた。夕日が沈んだ後気づいたら寝落ちていて、お店の人にも、みんなにも「よく眠れた?」て訊かれちゃった。そこはリュウサイさんが若い頃お気に入りの女の子を連れ込んでた場所なんだって。お店の人は何の宗教か忘れたけど喪中の髪型をしてた。

それから城を後にして韓国料理屋に向かう。途中で立ち寄ったコンビニでアイスとFizz(りんごの炭酸ジュース)を買った。Pistaっていう名前だったからピスタチオかなんかかと思ったけど違ったみたい。味は普通。Fizzはめちゃ美味しかった。

韓国料理屋でfried riceを頼む。それまであまり喋る機会のなかったさわちゃんやすーちゃんと同じテーブルになり喋ることができた。恋バナしたりして。途中で停電事件が起きた。真っ暗な中お店の人がキャンドルを持ってきてくれた。「明るくはなったけど暑いよね」なんて言いながら料理を待つ。ここのお店は料理が出てくるまでがほんとーーうに長かった!やっとこさ料理が出てきて薄暗い中で食べる。味は…イマイチ。あとさっき食べたアイスと炭酸のせいであまりお腹が空いてない。結局半分も食べずに残してしまった。途中で電気付いた!!扇風機も復活!!となったがしばらくしてまた消えちゃった。まぁ、インドだからね、仕方ないね。笑

宿に帰ってお休み。今日もたーくさん動いたからよく寝れそうだ。

なんでもかんでも

なんでもかんでも手を出すのはよくない面もあるとわかった。

大学生活で私が今やっていること。

こまくさ、モジャバ、長期インターンバイト。

どれにも手が回りきらず今どれも中途半端な状態になっている。

こまくさもモジャバも一回生の時は比較的真面目に頑張って団員と仲良くいい関係を築けていたが、今は(特にこまくさ)行ってなさすぎて少し後ろめたい気持ちがある。

 

10月はモジャバ、11月からこまくさ、というようにして、練習期間中の団員とのコミュニケーションを密にして頑張りたい。

 

その人の性格などに限らずやはり直接会って話している時間が大事なのだと分かった。たくさん会ってたくさん話せばそれだけ相手のことが分かるし親近感も覚える。まずはたくさん時間を共にしてどんな人間なのか分かってもらう。そうしたらそのコミュニティ内での自分の地位も確立できてくるし、発言力も出てくる。そのコミュニティでの自分の居心地がよくなってくる。

 

これからも私は色んなコミュニティに飛び込んで参加していくだろう。一度飛び込んだらもう半端な関わり方はしたくない。今度は最初っから思いっきり深く関わってみよう。深く関わることで見えてくる部分というのがたくさんあるはずだから。苦楽を共にして、きっとかけがえのない仲間ができるから。

 

これから大学を卒業するまで、今所属してるコミュニティの仲間を大切にしよう。学部の友達、サークルの先輩・同期・後輩、インターン先の人たち、バイト先の人たち。

特に学部、サークルの仲間には卒業してからも時々会いたい。

大学でいい仲間に巡り会えた、出会う人に恵まれた、そう心から思えるように、彼らとの関わりを楽しんで愛おしんで過ごしたい。

 

大学生活

来年で学生生活が終わる。

今まで、4回生になったら学校に全然行かんで暇な時間たくさん持て余して自由に過ごしたいとばかり思っていた。

でも、しっかり勉強できるのも来年まで。働き始めたらきっと時間なんて全然取れない。同志社にも面白そうな授業はいくつかある。スペイン語忠臣蔵を読み解く授業、能楽から見る日本の伝統文化など。

来年、最後の学生生活をどう過ごすか、ちゃんと考えよう。きっと一番時間がある時だから遊び倒すのもありかもしれない。バイトをがっつり入れまくってお金を貯めるのもあり。働き始めたらいけないような長期の海外旅行に行くなんてのもありかもしれない。幅広い分野の授業を色々取って、教養を身につけて学費を有効に使うのもありだ。

とにかく悔いのないように過ごしたい。

インド旅行記〜3日目〜

デリーの空港に着いてぷらぷらしている途中でりほこさんに声をかけてもらい無事合流。そこからレストルームで2日ぶりのお風呂に入り(気持ちよかった…!)1時間ほどふかふかのベッドで寝た(ほんとサイコー!)その後ジョードプル行きの飛行機に乗り、ジョードプル空港でりほこさんを待ち。ジョードプルの空港はとても小さくて驚いた。飛行機から降りて歩いて建物まで向かいカバンが流れてくるレーンは一つしかなく、カバンを受け取ったらすぐ外に出るといった感じ。

りほこさんが到着しついにリュウサイさんとご対面。元々写真で見て知っていたし想像していたのとそんなにイメージは変わらなかった。タクシーで宿まで移動しバックパックを置いて散策。水を買ってオムレツを食べた。水を飲むときボトルに口をつけずに飲むのがいいらしい。なんでも口をつけたところから雑菌が入りそこから菌が繁殖してそれでお腹を壊す人が多いんだとか。今思えばうちは日本でもそれをよくやっていたから以外といけるのかもしれない。やっぱり、インドは衛生面ではほんとに汚くてオムレツを食べている間もハエがぶんぶん飛んでいて気になってしょうがなかった。牛が普通に歩いているし、野良犬もうろうろしている。道端にはふん、ふん、ふん。ちゃんと下をみて歩かないとうっかり踏んづけてしまいそうだ。(こんなとこを今日から9日間旅するのかぁ…)覚悟を入れ直した。

オムレツを食べて両替した後は一度宿に戻りその後メヘランガールに行った。かなり高いところに建っているから険しい坂を上っていかねばならず思わずウェリントンの坂を思い出した。

メヘランガールでパスポートと引き換えに音声ガイドのオーディオを貸してもらったが、Japaneseと言ったのになぜかコリアンで笑 

ここはワンピースのある場面のモデルになった町らしく青い建物がたくさんあってメヘランガールからとてもきれいに見えた。メヘランガールからの眺めは本当に最高で、鳩やタカ?っぽいのが翼を広げて高い城壁の上や周りを飛んでいるのも(なんかこんな景色どっかで、なんかのアニメで見たことある気がする…)なんて思いながら眺めていた。日本人が珍しいのか、インド人の観光客たちに「一緒に写真撮ってよ!」と何度も頼まれちょっとしたスター気分も味わい。笑 また、修学旅行だろうか?小学生の団体が来ていてみんなしてこちらに元気一杯手を振ってくれた。みんな"bye bye!"とか「what's your name?」と訊いてきて名前を言うとずっと呼び続けて次々にハイタッチして、みんな人懐こくて笑顔がキラキラしてて。すごくほっこりした。

帰り道、インド人のおじさんの写真を撮ったところ一緒に撮ろうと言われて一緒に撮った。今度は住所を教えるから送ってくれという。一応住所は訊いたし送ってみるけどちゃんと届くといいな。

宿に戻りゆうすけと対面。うちと同い年だった。しばらく話しているとゼッキーさんもやってきた。33歳で今は休職して来ているらしい。高槻出身だった。みんなでちょっと雑談しその後再び散策に出かけた。ラッシーなるものを飲んでみた。飲むヨーグルトみたいなやつに牛乳の搾りかすみたいなのが入ったやつ。まぁまぁ美味しかった。飲食をしていてどうしても気になるのが衛生面。(これ大丈夫かな?後でお腹壊したりしないかな?)なんて考えてしまう。(えーい、壊したらその時はその時!折角なんだから色んなもの食べて楽しまなきゃ!)とそんな考えを振り払うことにした。その後に行ったチャーイのお店のおじさんはシャイな人らしく仏頂面でチャーイを作っていたが、こっちが写真を撮っていると仲間のインド人に冷やかされ照れながらもカメラを向けるとはにかんだ笑顔をみせながらこっちに顔を向けてくれた。可愛かったなぁあのおっちゃん。

チャーイのお店を出た後は民族衣装選び。服屋さんがずらりと軒を連ねていて色んな店をハシゴして買った。パッションで値段交渉するりほこさんに交渉していただき250RS値下げして購入。着るのが楽しみだ。

その後はこのジャイプールでは美味しいという店に連れてってもらいターリーを食べた。この町ではみんな食事にお金をかける余裕がない為に外食産業が発展しないそうだ。だから美味しい店が少ないとリュウサイさんは言っていた。ターリーはナンの代わりに何とかという薄い皮みたいなのに2種類のカレーとオクラ、ヨーグルト、ご飯がついていた。味噌みたいなのとデザートはあんまり美味しくなくて食べれなかったがあとは普通に美味しくほぼ完食。お腹も一杯になり大満足。

それから他のメンバーがいるというオシャレなカフェに向かった。そこは今まで見てきたインドとは全然違う普通にキレイなところで(こんなとこインドにあるんだ)と思ってしまったくらい。フルーツパッションスムージーを頼んだが普通に美味しかった。みんなで自己紹介をしたら、ごはんちゃんがダンスが好きということでそれからごはんちゃんと意気投合してしばらく踊りについて話し込んだ。ごはんちゃんはすごくバイタリティのある子で、名古屋のどまつりでMCをやったり地元の子とチームを組んで踊っていたり、芸能事務所のオーディションを受けに行ってたり。本当にダンスが好きなんだと分かった。その時に葉加瀬太郎の言葉を思い出した。「本当に詩を書きたかったら書きたいと言う前に書いてる」ごはんちゃんもまさにそれだと思った。本当にダンスが好きだから、踊りたいからそこまで行動できるんだと。果たしてうちにはここまで強い想いがあるだろうか。うちはごはんちゃんと並んで胸を張って「私もダンスが好きです」とは言えない。こういうことが就活でも言えるんだろうなぁと思う。

うちは何かに本当に本気で熱中したことがないのかもしれない。自分は熱中しているつもりでも、もっと熱い想いを持ってる人は他に沢山いてその人たちの行動力や思考にはいつも届かない。何でもかんでも中途半端な人間なんだなとつくづく思った。…思った、だけじゃいけない。何かを思って、そこから学びを得たとしても何もしなければそれは何も学んでないのと一緒。学びを得たのなら、そこから自分を変えるために行動に移さなくちゃならない。この旅に出たのもかけがえのない何かを得るため。この旅で出会ったメンバーだとか、旅を通じて感じたものだとか、メンバーや旅先で出会った人との会話の中から得られるもの、そういうものを求めて旅に出たはず。今までのうちだったら何かと色んなイベントには出かけて顔を出してはいても、その時に何かを感じたとしても、感じた止まりで終わってしまっていた。いつまでもこのままではいけない。時間とお金をかけて自分の意志で選んだことだから、精一杯実りあるものにしなけりゃ。日本に帰ったらもう一度自分を見つめ直そう。自分が好きだと思ったことは本当に全身全霊で取り組みたい。

 

と、感じたことが長くなってしまったけども。それから宿に帰って駅に向けて出発した。タイやカンボジアでいうトゥクトゥク(インドではリクシャー)に乗った。乗り心地はというと、まさにカンボジアトゥクトゥクと同じ。スリル満載で懐かし楽しかった。

駅に着いてから1時間ほど電車を待ち、その間に顔を洗ったり歯を磨いたりした。

ついに電車が来て乗り込んだ。人生2回目の寝台列車だ。乗って驚いたが、本当に簡素な寝台がついているだけだった。しかも砂漠地帯を走るために砂っぽくなっている。(うわぁこりゃちゃんと飛行機でブランケットぱちっとくべきだったなぁ)と後悔してももう遅い。(えーーいままよ!)仕方なくその砂っぽい寝台にショルダーバックを枕にして寝転んだ。(あぁー旅行記つけなきゃ…)そう思いながらも気が乗らず目をつむっている間にいつの間にか眠ってしまっていた。

→4日目に続く

インド旅行記〜2日目〜

さて、上海に着きおよそ20時間のトランジット待ちが始まった。上海での現地到着時刻は午前2時頃。疲労も溜まっていたし何か食べて少し寝たかった。ぷらぷらしているとファミマ(全家)を見つけた。(おぉ、ファミマじゃあないか!)中を覗くと超熟の食パンが置かれている。(これは日本の食べ物もかなり期待できるかもしれないぞ)などと思いながら両替所を探したのだが、両替所は閉まっていた。折角24時間営業のコンビニがあってもこれではどうしようもない。お腹は空いていたが朝まで待つしかないのでチェックインカウンターのある階にあるイスで寝ることにした。空港泊する人が結構大勢いて足を投げ出して寝ている人沢山。日本ならまだしも海外の空港で無防備に寝るのは寝ている間に荷物を取られそうで心配だったのでバックパックの下にショルダーバッグを入れその上に覆い被さるようにして寝た。

あまり寝心地のいい環境とは言えずうたた寝を繰り返しながら朝を迎えた。ふと気づくと周りは明るくなっていて、カウンターにもスタッフが入り沢山の旅行客で賑わっていた。

昨日の夜から空港→飛行機→空港と冷房のよく効いたところに居続けたのと、朝はやはり冷えるためか起きたときの寒気はひどかった。お風呂も丸一日入っていないから髪の毛もベタついて気持ち悪い。(シャワー浴びて身体の芯からあったまりたい…)そう思ってシャワールームを探すも見つからず…。身体中がぞくぞくしてとにかく暖かい食べ物を食べたくてファミマでラーメンを買った。お味の方はというと、まぁ食べれなくはないといった感じ。お腹はそれなりに満たせたし身体も温まった。

空港の中は寒いし、まだまだ時間はたっぷりあるし外に出てみようかと思い立った。(外なら気温も高くてうまくいけばちょっと観光くらいできるかも…)なーんてことはなく、外も中も大して温度差はないし外も観光できそうな所は見当たらなかった。多分地下鉄かなんかに乗らないといけないんだろう。出た後またそこから入れるかと思っていたら、一方通行だったらしくNO ENTRYの文字。戻るのに手こずり第2ターミナルまで行ってまた戻ってくる羽目になった。

戻ってからは地球の歩き方を読んだり本を読んだり。うたた寝したり振り付けを考えたりしながら時間を潰した。ちょうど振り付けを考えるなんてことをしていたもんだから葉加瀬太郎の言葉は心に響くものがあった。なるべくオリジナリティのある作品にしたいと思ったし、考え続けていなければふとした時にいいアイデアも浮かばないというのもとても共感できた。絵を描いてみたいなんて思ったりもした。この旅行中はきっと沢山写真を撮るだろうから、心に残った風景、目に焼きついた風景なんかを写真見ながらでもいいから描いてみたい。思うように描けなくて途中でほっぽっちゃうかもしれないけどそれはその時の話。描かなければ始まらない。

『作詞者でも作曲家でも作りたいと思ったら言うよりも前に作ってる』

『人からの評価なんて気にせず自分を表現するために自分の作りたいように作ればいい』

『』

そんなこんなで時間を潰しながーいながーいトランジット待ち時間を終えた。もし今度からこんなことがあれば次はホテルに泊まってやる!搭乗口に着くともうそこはプチインド。ターバン巻いてたり、サリーを着てたり、とにかくインド人がたくさん。みんな眼圧が強くてギラギラしてる感じ。あぁ、これからインドに行くんだなぁ、と改めて思った。

驚いたことに日本人が結構沢山いて色んな人と話をした。一人旅の人、添乗員さんとそのツアーの人、80歳と息子の2人旅の人たち。(80歳でインドなんて大丈夫かな?)と思ったりしたけどそれだけのバイタリティがあるのはすごいことだ。

インドって三種類の人間に分かれる。1.インドに行きたくて本当に行く人。2. インド行ってみたいけど行けない人。3. インドなんて行きたくないわ!って人。思ったより1の人種は多いみたい。みんなそれぞれ素敵な旅になるといいな。大きな問題とかなく無事に旅を終えられたらいいな。

飛行機は霧の為にちょっと遅れたが搭乗口を変えて乗り込んだ。発車する前になって急病人が出てさらに遅延。よくある「anybody doctor?」を目の当たりにすることに。今回の旅、飛行機のハプニングが多すぎる。でも、飛び立つ前でよかった。その後その人は無事意識を取り戻し結局飛行機を降りることになった。約1時間半の遅延を経て飛行機は飛び立った。

→3日目に続く

インド旅行記〜1日目〜

インド旅行の始まりはあきれるくらいバカバカしい失態から始まった。寝坊して飛行機を乗り過ごしてしまったのだ。目が覚めて気づいたときのあの絶望感といったら!多分これまでに味わったどの絶望感もこいつには敵わないだろう。

ともかく急いで支度をしバックパックを背負って家を飛び出した。駅に着いてからひとまずベンチに座り飛行機を調べる。(今からなら上海まで飛べば乗り換えに間に合う!)そう思って調べるも上海行きの飛行機は20日まで購入不可能。(もうインド行けないのか……?!バックパックまで買って?!)不安と絶望感が一挙に襲ってきてたまらない気持ちになる。デリーまでの便を調べるとまだ今日の夜出発の便は予約可能だった。16日合流LINEが動いていたので、リュウサイさんと藤原さんにひとまず状況を説明して謝る。2人とも頑張れ!と応援してくれた。余計なお金がかかるとしてもここまできたら行かないわけにはいかない。こっちはバックパックまで買ってずっと前から楽しみにしてたんだ。諦めてたまるか!

リュウサイさんが往路の便を破棄すると自動的に復路もキャンセルされる可能性が高いと言われ、焦って航空会社に問い合わせたが結局ダメだった(中国人のスタッフさん日本語うますぎ、JTBで予約したっけ?🙄)。デリーからジョードプルの便も取り直し、合計で7万ちょいの損失。かなりイタイ。来月からのバイトを死ぬ気で頑張ることを心に誓い、世の中にはもっとイタいダメージが沢山あることを思い心を落ち着かせる。

結局その日に取った航空券でインドまで行くことになった。航空券は余裕を持って買うものではなかったか。いざとなればパスポートと身一つあれば海外などすぐに行けてしまうのだと実感した。E-ticketも空港のパソコンを借りて印刷。E-ticketの催促の国際電話までしてしまった。沢山の初めてを一気に経験して脳みそフル稼働。人間、いざとなったら何でもできる。そして何とかなる。(お金は飛んだけど…💸泣)まだまだ自分にはバイタリティがあるんだと知れたのはよかった、かな。笑

 

さてさて、ようやくインドに行けることが決まって(よーし行くぞ!!)と勢い込んで飛行機に乗ったはいいものの。発車を待っていると、いきなり中国人の乗客が声を荒げ始めた。(ん?なんだなんだ?)と嫌な予感を感じながら日本語アナウンスを待つ。予感的中!台風の影響で発車が遅れることになったのだ。19:30発のはずだった飛行機は0時過ぎに変更。飛行機を降ろされ搭乗口で待つことになった。

まったく、日本を出るまでによくもまぁこれだけのハプニングが起きたもんだ。なかなかないぞ、フツー。3時間半ほど待ちようやく搭乗。無事に上海に辿り着いた。これから20時間ほどここで時間をつぶさなければならない。どうやって過ごすか。〜2日目へ続く